2014年05月11日

“FGC” - 格闘ゲームコミュニティの多様性とアーケード文化を巡る記事から

■格闘ゲームコミュニティの多様性に関する考察記事■

 格闘ゲームコミュニティ“FGC”が有する多様性に焦点を当てた、米国のゲーム/e-スポーツ情報総合サイト「Polygon.com」の記事から翻訳しています。
 他のゲーミングコミュニティとの比較や、共同体の内部に身を置く当事者達が語る言葉から、FGCの特異性とそのルーツ、将来的展望について考察されています。

 今回は文中に注釈を差し挟むと読みづらくなると判断し、脚注を付しています。記事内に「[ ]」で挿入された補記は元記事の執筆者自身によるもの、その他の[*n]の注釈や「訳補」「参考」と明記がある挿入は全て訳者によるものです。(以下敬称略)



■格闘ゲームコミュニティの人種的多様性に迫るPolygon記事から

 WHY THE FIGHTING GAME COMMUNITY IS COLOR BLIND
 なぜ格闘ゲームコミュニティは人種の違いを意識しないのか
 ――執筆者:Mitch Bowman  投稿日:2014/02/06


 ゲーミング界で最も人種的多様性に富んだコミュニティへと成長した格闘ゲームコミュニティ、その原点は一体どこにあるのか。

 Tom CannonはStarCraft[*1]プレイヤーだ。黒人でもある。そして競争の激しいe-スポーツの現場で、この二つは相性が悪い。

 競技性ゲーミングの世界に参入するのは、誰にとっても容易なことではない。プロフェッショナル・ゲーマー達は、それぞれが進んだ分野のゲームをフルタイムの仕事としてプレイし、自身の専門技術に磨きをかけるべく、計り知れないほどの時間を注ぎ込む。多くの場合、彼らがプレイする類のゲーム――StarCraft 2、League of Legendsなど――は、まず入門することにさえ困難が伴う。求められる知識量は膨大で、習得難度の描く曲線は険しく迫り上がり、現役のプレイヤーには長年に渡って研究と練磨を続けてきた者達が居並ぶ。

 そこへ入っていこうとするCannonにとっては、さらにもう一つの障壁が存在していた。

 「観衆に目をやると……、文字通り、こう……黒人の姿を探し求めるような感じでした。そこにいるのは、韓国出身の韓国人、もしくはアジア系アメリカ人、もしくはコーカサス人“Caucasian”――、それでほぼ100%占められていました」とCannonは言う。「そして、それで別に不都合はないはずだとやや強引に納得させられるところがありましたし、この業界に自分と似た人間が誰もいない中で、こういった事柄を形成する一部として自分もそこに加わっているわけです」

 北米のプロStarCraftチームの登録選手達に目を通せば、Cannonの話が確かなものであると判る。彼は大抵、唯一の黒人プレイヤーとして、大会の一角に身を置いている。

 この種の多様性の欠如は、e-スポーツの世界では珍しいことではない。北米におけるLeague of Legendsのプロ世界は、アジア系アメリカ人とコーカサス人が圧倒的に優位を占め、League of Legendsの北米地域上位チームの中から黒人やラテン系の顔ぶれを見つけ出すのは困難だ。(参考:北米LCSリーグ登録8チーム

 概して、e-スポーツが多様性の問題を抱えているのは明らかであり、同時にその原因は何なのかを明確に指し示すことは難しい。全く趣の異なる競技性ゲーミングに注目してみることが、一つの答えを導き出してくれるかもしれない――全ての論理を覆し、人種的多様性の問題を打開しているように見える場所を。



 ○遍く開かれた存在

 格闘ゲームコミュニティ、“FGC”は不思議な存在だ。今日、それは主として数々の大会の国際的なネットワーク――十人単位やさらに少ない参加者によって行われる小規模な地方大会から、毎年ラスベガスで開催され、2013年には3,500人を超える競技者を呼び込んだEVOのようなイベントまで――によって成り立っている。これらの大会は、ホテルの大ホールから、今なお経営を続ける希少なアーケード、果てはコミュニティの仲間達の自室まで、広範かつ多彩な場所で催される。世界の他の場所、特に東アジアでは、インターネットカフェや高層のゲームセンターを舞台に、同じようなイベントが開催されている。

 FGCの内部、そこにある雰囲気は、他の競技性ゲーミングコミュニティと色々な面でまったく食い違う。いくつかの特徴は取り立てて目を引くものではなく;例えば、好プレイに対して応える観衆の声を、プレイヤー達が実際に耳にすることができる、といった程度のものだ。とは言うものの、その違いの数々が、このコミュニティに初めて足を踏み入れる者が抱く印象に、非常に大きな影響を与える。

 EVO――世界最大の格闘ゲーム大会として広く認知されるイベントで過ごした時間に想いを馳せながら、プロ格闘ゲームプレイヤーであるAlex Valleは言う、「EVOは大衆にプレイの舞台を提供するために構想された大会で、人種や、性別や、宗教的信条や、そういった諸々の事柄を一切問いません、なぜなら、そもそも世界で一番優れたプレイヤーは誰なのかを見極めようとデザインされた大会だからです」
 「そして私が思うに、そこには本当に力強いメッセージが働いています。と言うのも、格闘ゲームコミュニティは、他の誰かと隣り合わせでプレイをする唯一のコミュニティです――まさにその場で。仕切りはなく、国だの何だのの向こう側でプレイする人間もいません。誰もが互いのすぐ隣でプレイをする。相手の生身の姿をこの目で見て、その人の纏う固有の雰囲気を肌で感じ取りながら。これは本当に重要なことなのです」

 格闘ゲーム大会は、そこでプレイしたいと思う人間ならば、誰であろうと受け入れる。リーグ戦形式を基本とするほとんどのプロゲーミング大会とは異なり、格闘ゲーム大会は全ての人間に対して開かれている。対戦表の中でもありとあらゆる人間が一緒くたにされる――、生まれて初めて参加した大会の、初日の初戦の相手が現役世界チャンピオン、なんてことも起こり得る。

 この、膝を突き合わせて“face-to-face”行う競技のあり方が、コミュニティの結びつきを助けるはずだという信念を持っているのは、Valle一人だけではない。Cannon、2002年にEVOを創設した三人のうちの一人にたまたま名を連ねた彼も、よく似た考えを持っている。

 「アーケードから現在のFGCに持ち込まれた最も大きな要素、そしておそらくアーケードにおいて最も大切だったもの、それが互いに顔を合わせる“face-to-face”ことでした」とCannonは言う。「それが持ち込まれたのは当然の成り行きです、オンライン格闘ゲームを本物の競技として成り立たせる方法など誰にも考え付けませんでしたから――『遅延』のせいで。そう、それ(訳補:オンライン格闘ゲーム)は確かによく出来ていて、かつてに比べれば格段に質も向上しています、しかし、最高水準の競技プレイで本当に純度の高い試合を実現する場所としては、やはり今でも基準を満たすに至っていない。その点では、StarCraftや、FPSゲームにさえ遠く及びません」

 「すなわち、真剣勝負“serious competition”を望むのなら、やはり直接面と向かってとことんまでやり合う他ないのです。それが(訳補:ゲームと向き合う)原動力を変化させる様は本当に面白く、つまり誰しもキーボードの後ろに隠れてはいられないわけです。皆が目にする、あの本当に忌むべき物事とは違って……、周知のことだと思いますが、Xbox Live、あの場所では、そう、どんな形であれ誰もが少し普通ではなくなり、チャット越しに誰かをひたすらあざ笑う。あそこではそういうことができてしまうから――、現実に面と向かってそんなことをする人間はいないでしょう」

 オンラインのゲーミングコミュニティでしばしば見られる悪意をうまく防ぎ、同時に、社会や現実世界のさまざまな場所から疎外されてきたかもしれない人間を、快く迎え入れる雰囲気を整える。さらに、格闘ゲーム競技の持つ生身の人間性は、コミュニティの緊密な結びつきをも可能にしてきた。

 「私の友達の八割は、CEOとゲームをする中で巡り会えたと言えます」、とAlex Jebaileyは言う。CEOと呼ばれるアメリカの大規模な格闘ゲーム大会の一つを運営する人物だ。「私はCEOを自分の趣味として、人と人とを巡り会わせるために活用しています;これが私の究極の目標ですね。自分がすっからかんにならない限りにおいて、大会を続けていける程度のささやかな利益を上げることができれば、それで満足です。最後の最後に、自分が手を貸すことで生まれた全ての繋がりに想いを馳せる。私のイベントで様々な人と出会うことで、仕事を得る人もいますし、人と人との結びつきが生まれます。純粋にみんなが一つになるのです」

 Jebaileyは、EVOの常連参加者でもある。

 「EVOに赴く、するとそこには、30を超える国、米国のほぼ全ての州、ありとあらゆる場所から集った人たちがいます」と彼は言う。「それがみんなの趣味であり、そのためなら遠くにだって出かけて行けるし、変わることなく自分の愛するものをやり続ける、そしてそんな自分と同じことをしている人たちに囲まれたとき、彼らをどうこう値踏みしてやろうと思う人間などいません」

 様々なイベントにおけるこうした言葉の全てが、FGCを他のe-スポーツよりも根本的に心地よく、多様性に満ちた存在であるかのように響かせるのなら、やはりそれが真実そういうものだからなのだ。FGCの一体性の原点は、それがアーケードで始まったことに端を発する。

 FGCが、いかにして他の競技性ゲーミングコミュニティと大きく異なる存在になったのか、それを解明するには、現状のFGCの大会を超えて、格闘ゲームの歴史をより深く探ってみる必要がある。



 ○アーケードの遺産

 かつて、北米の中規模都市の中でアーケード筐体を見つけるのは容易いことだった。どの大学の構内にも、商業施設の中にもアーケードはあり、ほぼ全ての繁華街の表通りに沿って広く存在していた。たとえ郊外に住んでいる場合でも、地元のピザ屋やボーリング場、アイススケートリンクにでも行けば筐体を見つけられたものだった。

 1990年代、標準的なアーケードで見られるたくさんのゲームが、ほぼ一貫して同じジャンルに属していた;「格闘」ものだ。Mortal Kombatの筐体であれStreet Fighter 2のマシンであれ、あるいはこの二作の成功に触発された数え切れないほどの他作品であれ、一つの格闘ゲームにも出くわさないなどということは、まずあり得なかった。

 十代後半世代の若者は皆、ケンやリュウのようなキャラクター達に育てられた。これらのゲーマーの多くにとって、アーケードは単なる趣味を楽しむためだけの場所に留まらなかった――彼らの情熱が杓子定規で測られることも、冷笑に晒されることもない、そこは安全な隠れ場であり、足を運んで愛する何かに打ち込める場所だった。

 とは言え、必ずしも常に居心地のいい場所だったわけではない。2011年、David Philip Graham(別名、UltraDavid)が、昔ながらのアーケード・シーンについて広範に渡って記し、彼の体験を以下のように描写している:

 「対戦に負けると、勝った側から何の言葉を掛けられることもなくその場を離れ、長蛇の列の最後尾に戻る、そして次の試合が回ってくるまでたっぷりと待たされる間、負けたことにイライラを募らせ、自分を負かした相手を本当に嫌悪し始める。その人は自分の通うアーケードで一番のプレイヤーかもしれないし、もしかしたら全国一のプレイヤーかもしれない、それでもすぐ傍に立つことができたし、筐体を離れれば言葉を交わすこともできた。もちろん、話ができるのは自分が敬意を持っていた場合に限り、他人からの敬意を得られるのは試合に勝ったときだけだった」

 こうした事情にも関わらず、彼は背景の違いによって衝突が起こることはほとんどなかったと指摘し、誰もが公平な立場で競い合ったという。「個人的で、対立的で、閉鎖的だったが、勝者には、人種や性的指向に関わらず敬意が払われた」とGrahamは結んでいる。

 FGCのベテラン達の大多数は、自分の地元のアーケードで経験したそれぞれの物語を持つ。

 「これらの場所――アーケードに限らず、ビリヤード場や同好の集まりのようなもの――に足を運ぶとき、そこが行くべき場所でした」とAlex Valleは言う。「これらの場所、特にアーケードは、行けばゲームをプレイすることができる――男の子、女の子、黒人、白人、アジア人、ラテン人、そんなことはどうでもよく、他の誰かとプレイしている、そのことさえ大した問題ではありません。自分が一緒にプレイしている人物よりも、まずはゲームそのものに対してより多くの注意が割かれます――その人がどんな力を持っているかを目にするまでは」

 
――「彼らは、ゲームが得意だった私を近しい存在として認めてくれました、
 そしてそういう[人種などといった]全ての物事はもはやどうでもいいことだったのです」


 「当時は人種差別や偏見が[日常的に]溢れていましたが、お互いの技術を認め合ったり、ゲームを通して友情が芽生えたりし始めれば、そんなものはすぐにどこかへ消えていきます。そういう時代に私は育ち、アーケードに通いながら、変テコで、素晴らしく、愉快で、怒りっぽく、幸せな人たちと出会い、今でも変わらぬ友情を分かち合っています」

 これは、地元のアーケードで長い時間を過ごしながら成長した人間の間で、共通して語られる言葉だ。全ての地域社会が有するようなあの一体性の雰囲気は、時として外部との軋轢を招いた。

 「私は南米出身のペルー人で、初めてアーケード通いを始めた頃によくプレイした場所の一つが、Mission Control……カリフォルニア州のウェストミンスター市にありました」とValleは言う。「ウェストミンスターはリトルサイゴン、ベトナム人の商業地区でも有名です[*2]。米国内で最もよく知られるベトナム人のコミュニティですね。ウェストミンスターはサンタアナ市のすぐ隣にあり、そちらはラテン系住人の多い街ですが、私自身はウェストミンスターに住んでいました[そして今でも住み続けている]」

 ValleがMission Controlでプレイしたゲームは、Street Fighter 2だった。使用キャラは:ケン。

 「あそこのコミュニティは、私のことをいつも“the MexiKen”『メキシケン』と呼びました」とValleは言う。「彼らは私をメキシコ人だと思っていたんです。だから随分長いことそう呼ばれ続け、まあお察しの通り、最初は不愉快に思っていました。まだまだ血気盛んな年頃ですから、『違う、俺はペルー人だぞ!』という感じです、けれども当時、私は少数派に属していましたから、実際にはそこまで堂々と振舞うことはできませんでした。ともかく、そうこうする内に私は他のキャラクターも使い始め、彼らは私のことをよく顔を見せる常連として認識し、すると今度は私の名前を知るようになり、後はあの場の全てがかけがえのないものに変わりました」

 90年代初頭、Valleの住むロサンゼルス南部は犯罪率が高く、ギャングの活動も活発な時代だった。アジア人ばかりで占められた地域にラテン人として足を踏み入れることは、彼にとって厄介な問題にもなり得た。しかし、彼はゲームを通じて、人種間の境界線に橋を架けたのだった。

 「彼らは私に向かって扉を開いてくれた;ゲームが得意だった私を近しい存在として認めてくれました、そしてそういう[人種などといった]全ての物事はもはやどうでもいいことだったのです」と彼は言う。「これは本当に重要なことだと思います……、その人の持つ背景は関係なく;ゲームに同じ情熱を分かち合っているなら、それを一緒に楽しむことができるのです」

 Valleの物語は決して例外的なものではなく、彼と同世代の人間の多くに当てはまる。Jebailey、彼はCEOの運営を始める前、長きに渡って競技プレイヤーの一人だったが、地元の格闘ゲームシーンの最初期の思い出としてよく似た逸話を持っている。Jebaileyの母親は週末になると、地元のアイススケートリンク「Rock On Ice」に彼をよく連れ出した。彼はそこで近所のあらゆる人種の子ども達に交ざって、Mortal KombatやStreet Fighter 2をプレイしたものだった。

 「その場で人種が問題にされたことなど一度もありません」とJebaileyは言う。「当時の私達には、あの場所とMalibu Grand Prix[*3]がありました。私はそこで育ちました;私が当時よくプレイした、メインのアーケードです。暇さえあれば行ってましたね、一番の楽しみでしたから。学校が終わって週末になると、両親はいつも私を連れて行き……、誰も[人種について]気にも留めませんでした。みんな純粋にゲームがプレイしたい、その気持ちだけです」

 ValleとJebaileyの二人が育ったカリフォルニア州でのみ、この種の環境が培われているのかと言うと、そんなことはない。Justin Wong――現在までに米国が輩出してきた格闘ゲームプロの中で、最も優秀なプレイヤーの一人である彼は、ニューヨークで育った。彼の体験は、カリフォルニアの同志達ととてもよく似ている。

 「僕は90年代を通して、Chinatown Fairで育ちました」とWongは言う[*4]。「根っからのアーケードっ子でした。……そこ[Chinatown Fair]はチャイナタウンの中にあって、当然ながら、他の民族に比べて遥かにアジア系の人々との縁が深かったと言えます。けれど結局そのアーケードは、そこを訪れる人間がどの民族に属するかなど問題にせず、誰もが足を運ぶ場所へと成長しました。そこは却って安全な場所だったんです、多くの親達――僕の両親でさえそうでした――が、『あそこに行っては駄目だ;ろくでもないところだ;性質の悪い人間がたむろしている場所だ』と口にしていたのとは裏腹に。そこは言わば家族のような感じで、たとえ相手の名前を知らなくても、アーケードで顔を合わせれば軽く頷きあってこう言うんです――『よっ、元気? 今日もゲーム楽しんでけよ』」



 ○自分に似たキャラクター達

 アーケードの現場に多様性をもたらした要因は数多い。真っ先に挙げられるのは:格闘ゲームが初めてアーケードに登場した際に安価だったこと、そしてほとんどの場所で、アーケードが熱気を帯びていた間はずっと安価なままに据え置かれたことだ。参入障壁はたったの25セント。事実、この入り口の壁の低さが、StarCraftやLeague of Legendsの平均的プレイヤーに比べて、経済的階級のずっと低い人々にコミュニティを広く開放し、言い換えれば、社会的少数派に属する者達がより多く最初の一歩を踏み出すことができた。

 格闘ゲームプレイヤーであり、ゲームライターでもあるPat Millerはこう語る、「かくも幅広い人間の混在、かくも幅広い人間の多様さ、それはひとえに、ゲームをプレイするのに二千ドルや三千ドルものお金を必要としなかったことに由来すると私は考えます。テレビや家庭用ゲーム機さえ持っていなくても構わなかった。街を散歩しているときに25セント硬貨が一枚懐にあれば、それだけでプレイできたんです。……誰でも足を運んでひょいと顔を出せるあの空間、ゲームをしたり、益体もない話に興じたり、なんでもできた場所――、さらにはやる気に駆り立てられ、違う場所に出かけていって、今まで対戦したことのない新しい人達とプレイし始めたり――、本当に多種多様な支持層を惹きつけていたように思います」

 Millerにはフィリピン人の血が流れているが、格闘ゲームに内包された多様性について、彼は別の意見も持っている――彼にとってはこちらの方がより身につまされるものだ。

 「率直に言って、[FGCの擁する多様性の理由の]一つは、ゲーム内に登場する有色人種たちの表現、それ自体だと思っています」とMillerは言う。「キャラクターがどれだけ本質からかけ離れてるかとか、紋切り型もいいとこだとか、私達は冗談めかして言ったりしますよね、でも突き詰めると、ダルシムが登場するまでインド人のキャラクターなんて少なかったし、ザンギエフ以前はロシア人キャラも、ブランカ以前はブラジル人キャラも、間違いなく大していなかったんです。……ゲームに登場した最初のフィリピン人キャラクター[私が今まで見た中で]は、Soulcalibur 2のタリムです[*5]。私はそれ(訳補:フィリピン人キャラクターの登場)が見てみたいと心から渇望していましたし……そういった同一化“identification”のポイントがあるのは好きです;それがおそらく、人々をコミュニティに参加させやすくする要因の一つなのでしょう。それを見て、彼らはこんな風に思うわけです、『グッと来るキャラクターがいっぱいいるじゃん。なんとなくこの男に惹かれるなあ。うん、絶対コイツがいいって気がしてきた。彼でプレイしてみよう』、と」
  
 Millerは自分と同じように、キャラクターの人種に個人的な親近感を抱きながら使っているプレイヤー達に出会ったことがある。数年前のEVO、彼は初戦でメキシコ人の対戦相手とペアになった。その対戦相手がプレイしていたのはエル・フェルテ、Street Fighter 4に登場するメキシコ人ルチャドール[*6]だった。

 この、ゲームそのものに含まれる一体性が、格闘ゲームと一般的なe-スポーツゲームの大多数との間に差異を生む。First Person Shooterは同じ顔をしたコーカサス人兵士の類型で溢れ、RTSやMOBA[*7]は総じてエイリアンかモンスター、またはその両方の種類の多さを前面に押し出し、オマケとして過剰に色っぽさを持たされた白人の女の子が投入される。

 League of Legends――現在ほぼ間違いなく世界で最も人気のある競技性ゲーム――には、116体のプレイ可能キャラクターが登録されているが、数ヶ月前にLucianが導入されるまで、ただの1体も黒人キャラクターが存在しなかった。彼はキャラクターナンバー115――、予備の衣装を用いた場合は、まるで白人であるかのような見た目になる。(参考:LoL Lucian紹介ページ紹介動画



 ○負の面

 当然のことながら、格闘ゲームコミュニティにもやはり改善の余地は残されている。人種的多様性の分野では素晴らしい特性を持つ一方、FGCは別種の多様性に関わる課題を他のe-スポーツと共有している――それは全てのゲーミングにとっての悩みの種だ。

 仮にかなり大きめの格闘ゲーム大会に参加したとしよう、するとその場に集まった人の群れから、すぐに二つの事柄に気付く。一つ目は、事実上世界中のあらゆる人種が集っていること。二つ目は、全くと言っていいほど女性がいないことだ。この男女数の不均衡という不幸な結果は、負のフィードバックの循環から生じている;FGCには以前から女性が極めて少なく、故に女性にとってはFGCへの参加に困難が付き纏う。多くの面で、CannonがStarCraftコミュニティで直面したのと同じ問題だ。

 状況をさらに悪化させているのは、FGCが男女間の政争に関して少々問題のある歴史を辿ってきたことだ。FGCの性別間の問題にまつわる諍いで最も有名な出来事は、おそらく2012年の初めに起きたあの事件だろう。カプコンが発売を間近に控えた『STREET FIGHTER X 鉄拳』の宣伝の一環として、格闘ゲームの実演番組「Cross Assault」をTwitch配信していた時のことだ。番組5日目の対戦の最中、TwitchのコミュニティマネージャであるJared Reaが、格闘ゲームの対戦中によく使われる俗語の話題を持ち出し、その種の感じの悪い内輪言葉はFGCの一部としてふさわしいものなのかどうかと疑問を投げかけた。番組参加者の一人だったAris Bakhtaniansは、ああいうくだらないおしゃべり(と、特にセクシャル・ハラスメント)は、FGCに不可欠な部分だと返答した。

 「セクシャル・ハラスメントは(訳補:FGCの)文化の一部だ」と、Bakhtaniansは主張した。「もしそれを格闘ゲームコミュニティから排除すれば、それはもう格闘ゲームコミュニティじゃない……そういう態度を取るのはナンセンスだよ。長年に渡って根付いているものなんだから」

 Bakhtaniansの発言は、Cross Assault対戦会での試合を通して実際に使われた全体的な言葉と相まって、FGCが女性に対しておよそどのような態度を取っているかを浮かび上がらせた。案の定、この一連のイベントはかなり大きな反発を招き、カプコンはこの出来事に関わった一員として謝罪するに至った。

 Cross Assault番組内で対戦を行った女性は二人のみ、その内の一人であるMiranda “Super Yan” Pakozdiは、Bakhtaniansの発言が配信で流れるや、直ちに番組から降りるために次の試合を放棄した。この事件はFGCの評判に汚点を残し、女性に対するこのコミュニティの全般的態度を、ある程度暗示している。[*8

 UltraDavidが論説の中で言及したように、「格闘ゲームの現場は、競技性ビデオゲーミングのコミュニティの中で最も歴史が古く、どれぐらい古いかと言うと、ビデオゲームは若年男性の独占領域なのだという考え方に強く固執したアメリカの文化を源流に持つほどに古い。アーケードは女の子のためのものではなかったし、そういう風に見える雰囲気があった」

 必然的に、このことが女性の人材の参入や、FGC内部の安心感を妨げてきた。目下のところ、本格的な競技プレイヤーとして数えられる女性は片手で事足りるほどしかいない;多めに推算しても6、7人前後だ。

 最も著名な女性格闘ゲーム競技者の一人が、フランスのSoulcalibur、Street Fighterプレイヤーである、Marie-Laure “Kayane” Norindrだ。彼女はかれこれ十年以上、格闘ゲーム大会でのプレイを続けており、欧州の恒例大会ではいつもその姿を目にすることができる。2012年のCross Assaultの失態の余波で、彼女はFGC内に身を置く一人の女性としての経験について、GameSpotからインタビューを受けた

 「私が16歳かそこらの若い女性になったとき、周囲は私を年齢で批判することをやめ、性別を槍玉に上げるようになりました」と、非常に幼い頃から競技的なプレイを始めていたKayaneは言う。「その当時、私はメディアで大きく報じられていましたから、それはゲームに秀でているからではなく、私が女性だからなのだと多くの人が言いました」

 女性がこの種のマイナスイメージに注意を向ければ、コミュニティ内に女性グループがこれほど少ない状況は当然の成り行きであり、実行可能で最も有効な解決策は、注目度の高い最大規模のFGCイベントで女性の参加者を増やすことだ。幸い、ゲーミングはだんだんと本流になりつつあり――性別にとらわれない動きも起きているため、今後FGC(や他のe-スポーツコミュニティ)でも同じように女性の増加が見られる可能性はある。



 ○フィードバックの循環

 いくつかの欠点を依然残してはいるものの、e-スポーツの世界をより万人に開かれたものにしようとする時、FGCから学ぶべき教訓はありそうだ。Cannonは、十年以上に渡って世界最大の格闘ゲーム大会を執り行った後、他のコミュニティが自集団の多様性を促進させられるかもしれない方法について、いくつかの考えを持っている。

 「私は、観戦することよりもプレイすることを重視したいと思っています」とCannonは言う。「トップ選手達は模範です、人はその模範的集団を増やしたいと思う、そしてその数が増えるにつれて多様性の可能性も広がるに違いないというのが私の考えです。もし、常に世界で20人のトッププレイヤーにのみ関心を集中させていれば、さらには[StarCraft界ではそうであるように]その内の15人が韓国人プレイヤーだったりすれば、何かが喚起されることはありません。格闘ゲームでは、この種の『ここにトッププレイヤー達がいる;さあ彼らを壇上に乗せよう、あとは数え切れないほどのファン達が彼らの一挙手一投足を見守る』というような力学は働きません。そのような動きは格闘ゲームにはほとんど存在しないと言っていい。何はさておき、誰もがまず一介のプレイヤーなのです;純粋なファンに専念する人間は多くなく、それは私達が自らプレイすることに大きな意義を見出しているためで、遡ればアーケードに源を発するものです」

 格闘ゲーム大会においては、何者であろうとも壇上に上がってプレイできる、そしてプレイしていない時は、すぐ傍に立ち、試合を見つめ、順番を待つ。また、ほとんどの大会に自由プレイの場所が設けられ、試合の順番を待つ競技者や、既に敗退してしまった者達が手合わせをして、腕を鍛えたり他の誰かと知り合いになることもできる。Cannonは、このことがより多くの競技者に向けてイベントの裾野を広げるだけでなく、他人の手本となり得る競技者をより幅広く育むはずだと信じる。

 「決して氷山の一角に過ぎないわけではありません」とCannonは言う。「誰しも、このプレイヤー全体の階層構造を経験します。もしあなたが新参プレイヤーなら、高みにいるプレイヤー――例えばJustin Wongを仰ぎ見る形になるでしょう、けれど同じく、自分の住む地域で一番のプレイヤーを仰ぎ見ることにもなります。その人にJustin Wongと渡り合えるほどの力はありません、ですがゲームの基礎をあなたに教えることはできます。そしてこういう人達がもっとたくさん増えれば、多様性の基盤が拡がっていきます。……一旦幅広い軌範が一式揃えば、フィードバックの好循環が始まり、多様性は軌道に乗るはずです」

 e-スポーツ界のその他残りの部分がFGCの一体性から何を学び取るかは、今後に注目しなければならない。現在、競技性ゲーミングの世界にあって、格闘ゲームコミュニティは様々な面で独特の存在であるが、やはり特筆すべきは、あらゆる社会的・人種的・経済的集団から多様性豊かな人々が集っていることだ。

 改善すべき余地はある、しかしそこは今でも――アーケードの死から長い時を経た今もなお――自分を受け入れてくれるどこかを探し求めてもがく者達にとっての聖域であり、テクノロジーの緩衝を差し挟まずに、生身のぶつかり合いの感動を追い求める者達が選んだ道の先にある場所なのだ。〈了〉


-------------------------------------------------------------------------------

 訳者注:
 [*1StarCraft≫『スタークラフト』/1998年に米国のBlizzard Entertainment社から発売されたリアルタイムストラテジィ(RTS)ゲームシリーズ。世界で最も売れたRTSゲーム作品として2009年にギネス認定を受ける。特に韓国での人気が高いとされる。参考:StarCraft II World Championship Series 2014 ポイントランキング

 [*2Little Saigon≫リトルサイゴン/米国はカリフォルニア州オレンジ郡のガーデングローブ市・ウェストミンスター市を中心に形成された、ベトナム国外で最大のベトナム人コミュニティ。“Mission Control”についての詳細は見つけられませんでしたが、80年代のリトルサイゴンのファッションを紹介するこちらのブログ記事にかつての看板の写真を見ることができます。この記事に投稿されたコメントによれば、2012年時点で「何年も前に閉店した」とあります。
 参考:ベトナム系アメリカ人人口比率の高い米国の都市リスト(2010年)
 オレンジ郡史:Journal of Orange County Studies
 Googleマップ:オレンジ郡

 [*3Malibu Grand Prix≫マリブグランプリ/米国の複合娯楽施設、及びその運営会社。カリフォルニア州レッドウッドシティの施設は1979年に開園、2002年にPalace Entertainment社に買収され、昨年2013年8月に廃園。“Rock On Ice”についても調べてみましたが見つからず、こちらも既に存在しないのかもしれません。参考記事:Redwood City: Malibu Grand Prix closes its doors after 35 years

 [*4Chinatown Fair≫チャイナタウン・フェア/ニューヨーク市マンハッタン区のチャイナタウンで1950年代から営業を続ける老舗アーケード。2011年2月に一度閉店し、翌年3月から新オーナーLonnie Sobelのもと、店内のゲームを一新して営業を再開。新装開店と経営者交代に伴う営業方針の転換により、当初は格闘ゲームなど一部のゲームの取り扱いが大幅に縮小された。これとは別に、前店長のHenry Cenはチャイナタウン・フェア閉店の翌月、同店の従来の特長を受け継ぎ、行き場を失ったプレイヤーの受け皿となるアーケードとして、同市ブルックリン区に“Next Level Arcade”を新しく開店し、Team Spookyと協力して週例格闘ゲーム大会Next Level Battle Circuitを主催するなどしている。
 世界最古級のアーケードされるチャイナタウン・フェアの閉店と再開後の変化、旧チャイナタウン・フェアの事実上の移転店舗であるNext Level Arcadeの開店は大きなニュースであったらしく、様々な場所で採り上げられていました。特に動画はどれも非常に興味深かったので、以下に参考記事と併せていくつか引用します。上から順に物事の変遷がわかりやすいように並べたつもりです。後半四つの動画に登場する方々は、米国の格闘ゲームコミュニティに関心がある方にとってはお馴染みの面々ではないかと思います。
 参考記事:
 The Last Arcade in Chinatown - A Trip To Chinatown Fair - SCOUTING NEW YORK
 The New Chinatown Fair Arcade - bifuteki
 For Displaced Gamers, a Light on the Horizon - The New York Times
 New York's Chinatown Fair arcade reopens, but the game has changed - THE VERGE
 Chinatown Fair Returns With Less Fighting, More Toys - gothamist

 参考動画:
■新Chinatown Fair店内(2012年)

 Chinatown Fair: New York City, NY

■旧Chinatown Fair店内(2006年)

 At The Arcade - Chinatown Fair, NYC.

■旧Chinatown Fair、日常風景の断片

 First glance of Arcade: The Last Night At Chinatown Fair

■Chinatown Fair閉店に伴い企画されたドキュメンタリー「ARCADE」予告編

 kickstarter pitch

■Next Level Arcade開店初日の店内(2011年3月)

 Next Level Arcade - Day 1

■Chinatown Fair閉店・Next Level Arcade開店後の短編ドキュメンタリー(2011年7月)

 Chinatown Fair: a documentary

■Henry Cen & Next Level Arcadeドキュメンタリー(2012年10月)

 GAM3R - Episode 1 (Feat. Henry Cen & Next Level Arcade)


 [*5Talimタリム/ソウルキャリバーの登場人物。“talim”はフィリピンの主要言語の一つであるタガログ語で「刃」「鋭利な」の意。Google画像検索:Talim Soulcalibur 2

 [*6Lucha libreルチャリブレ/メキシカンスタイルのプロレスの呼称。覆面レスラーの多さ、軽量級選手の機敏さを活かした動きが特徴とされる。男性選手をルチャドール“luchador”、女性選手をルチャドーラ“luchadora”と呼ぶ。参考動画:Lucha Libre The Best

 [*7Multiplayer Online Battle Arena, MOBAマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ/RTSゲームジャンルの一種、その総称。一般的なReal-Time Strategyとは異なり、プレイヤーは軍勢ではなく1体のキャラクターを操作し、味方プレイヤーと協力して相手チームの本拠地攻略を目指す。Action Real-Time Strategyとも呼ばれる。代表作に、DotA、League of Legendsなど。

 [*8Cross Assaultは、2012年2月にSFxTの宣伝活動の一環として、招待選手らが「SFチーム」と「鉄拳チーム」に別れ、賞金をかけて対戦するという構成で一週間に渡って放送されたリアリティ番組。Arisは「鉄拳チーム」のコーチとして番組に招かれた。
 参考記事:Sexual harassment as ethical imperative: how Capcom’s fighting game reality show turned ugly - The Penny Arcade Report
 Arisによる謝罪文Spookyによる意見表明




 以上です。

 この記事は、ElvenShadowさんのGGXrdのインタビュー記事を翻訳した際、米国のアーケードについて調べる中で行き当たったものです。
 “competitive”は基本的に「競技性」「競技的」と訳していますが、文脈によっては「対戦型」とした方がしっくり来るかもしれません。

 これまでに採り上げた大会などの動画のコメント欄で、「大会はゲーム外の要素が絡む隣り合わせではなく、対面でやるべきだ」「対面式は米国の古参達から歓迎されない」「昔は隣り合わせに立ってやるのが普通だった」「あれこそオフライン対戦というものだ」というようなやり取りを何度か目にしましたが、今回の記事内の発言を読み、チャイナタウン・フェアの対戦風景を見て、腑に落ちるところがありました。なお、Alex Valleさんは、今年から競技プレイヤーとしては第一線から身を引き、今後は大会の企画・運営などの活動により力を入れていくと表明されたそうです。
 この記事自体ももちろんですが、翻訳の過程で触れたチャイナタウン・フェアを巡る歴史や物語が特に面白く、映像に映し取られたアーケードの日常の悲喜こもごもや、Next Level Arcadeの初日の閑散とした様子から、少しずつ設備が整い、人が集まり活気付いていく変化は胸に迫るものがありました。



 ■追記
 当記事の次に載せていた「USF4[2014年 Ver.1.01] キャラクター最終バランス調整リストから」の記事は、既に日本語の公式リストが公開されている点と、5月30日にリストに訂正が施されたことから、読まれた方の混乱を招く恐れがあるため、ブログから除外しました。当面はウェブ検索に記事が反映されてしまう可能性がありますので、公式リストへのリンクを以下に記しておきます。

- USF4最終調整リストVer.1.01(英語版):USFIV Final Character Change List
- USF4最終調整リストVer.1.01(PDF/日本語版):http://usf4.nesica.net/sozai/2014Ver101_battle_balance.pdf
- USF4最終調整リストVer.1.00配布元(PDF/日本語版):http://nesica.net/news/detail/?nid=122


この記事へのコメント
すんごい量だ お疲れ様でした
Posted by emanon at 2014年05月12日 00:55
課題はあっても格ゲーなりのフェアな一面とか普遍性は確かにある。アメリカなら尚更その意味が目立つんだろうな。おもしろかったです。
Posted by emanon at 2014年05月12日 01:31
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

TOPに移動▽
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。